リヴァプール

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▼州 マージーサイド州
▼人口 50万人
イングランド北西部マージーサイド州の中心都市。かつては港湾都市として栄えたが、現在は観光都市として知られている。世界的ロックバンドである「ザ・ビートルズ」の出身地。

市のシンボルは「ライバー・バード」という鳥で、地元では「ライバー・バードが飛び立つとリヴァプールは滅びる」という伝説が語り継がれています。リヴァプールに本社を置く保険会社のロイヤルリヴァービルディング(上記画像)の屋上には、街のシンボルであり同社のシンボルとして街を見下ろしています。
リヴァプールFC

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▼正式名称 リヴァプールFC
▼愛称 The Reds(赤)

2005年には、イスタンブールの奇跡と呼ばれる勝利でACミランを下し、イングランドで唯一のビッグ・イヤーの永久保持が認められました。
レッズ

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チームの愛称「レッズ」はもちろんクラブカラーの赤(red)に由来しています。

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アンフィールドとエヴァートン

写真は、アンフィールド・スタジアムのオーナーであったジョン・ホールディング氏。
アンフィールドのオーナーが、当時アンフィールドを本拠地としていたエヴァートンに対して使用料の値上げを要求。これに対してエヴァートンは拒否し、現在のグディクソン・パークへ移転を決定。オーナーはアンフィールドに新たにサッカークラブを設立することに決め、名前を「エヴァートン・アスレティック」とした。
オーナーは考えを改め、クラブ名を「リヴァプールFC」と全く新しいものにした。

同じマージーサイド州リヴァプールを本拠地とする「エヴァートンFC」とは伝統的にライバル関係にあり、両者の対戦は「マージーサイド・ダービー」と呼ばれています。
アンフィールド
開場:1884年
収容人数:54,074人

1884年、エヴァートンFCのホーム・スタジアムとして建設されました。
遠藤 航

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生年月日 1993年2月9日
出身地 神奈川県横浜市戸塚区
身長 178cm
体重 77kg

2023年8月18日、VfBシュトゥットガルトから完全移籍することが発表されました。4年契約、背番号3番、リヴァプールでプレーする日本人は南野拓実以来2人目となりました。
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リヴァプール市の象徴である「ライヴァー・バード(Liver Bird)」が描かれています。

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ライヴァー・バード

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市の名前の由来にもなっている伝説の鳥であり、リヴァプールの船乗り達の守り神とされている。もともとは13世紀のジョン王の印章に描かれた鷹であったが、その後は鵜のような鳥として描かれるようになった。くちばしにはアマノリという海藻をくわえている。リヴァプール市内のロイヤル・リヴァー・ビルディングの二つの時計台上部にある鳥をモチーフにしている。

ライヴァー・バードのモチーフは1901年からずっと使われ続けており、クラブにとっても欠かせないシンボルとなっています。


市章にも海藻をくわえた鵜が描かれています。
YOU’LL NEVER WALK ALONE

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クラブの応援歌のタイトル。世界中のサッカーファンに歌われているが、リヴァプールが最初に合唱したクラブである。

アンフィールドには2つの門があり、輝かしい成績を収めた2人の監督の名前から「ペイズリー門」「シャンクリー門」と呼ばれています。シャンクリー門には「YOU’LL NEVER WALK ALONE」が掲げられています。
ヒルズボロの悲劇

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1989年4月15日、イングランド・シェフィールドのヒルズボロ・スタジアムで行われたFAカップ準決勝のリヴァプール対ノッティンガム・フォレスト戦において発生した群集事故。ゴール裏の立見席に収容能力を上回る大勢のサポーターが押し寄せ死者96人、重軽傷者766人を出す惨事となった。

アンフィールドのスタジアムには、このヒルズボロの悲劇で亡くなった人々の祈念碑が建てられています。

エンブレムに描かれている左右の炎は、この悲劇の犠牲者に捧げる炎となっています。
LIVERPOOL FOOTBALL CLUB/EST・1892

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クラブ名/クラブ設立年

「ライヴァー・バード」の上下に配置されています。
いかがだったでしょうか。YouTubeでも、サッカーエンブレムの解説動画を投稿しています。世界中のクラブを取り上げていますので、ぜひご覧ください!